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2016.10.27 16:29|カテゴリ:ニュースコメント(13)

天皇陛下の叔父、三笠宮さまご逝去 死因は心不全 ドゥテルテ大統領との会見などを急遽中止へ!


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昭和天皇の弟で、天皇陛下の叔父である三笠宮さまが27日に亡くなられました。宮内庁によると、死因は高齢による心不全と見られ、5月から肺炎で入院していたのが原因となった可能性が高いとのことです。

天皇ご一家は27日から7日間の喪に服されることになり、フィリピンのドゥテルテ大統領との会見も中止になりました。三笠宮さまは皇族の中でも最高齢の100歳となっていましたが、近年は体調が優れなかったと報じられています。


天皇ご一家7日間の喪に 秋の園遊会も取りやめ
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161027/k10010746211000.html

三笠宮さまが亡くなられたことを受けて、天皇ご一家は27日から7日間の喪に服されることになりました。このほかの皇族方も、三笠宮妃の百合子さまの90日を最長に、30日間から7日間の喪に服されます。これを受けて、天皇陛下は27日夕方予定されていたフィリピンのドゥテルテ大統領との会見や、来月1日に皇后さまと東京・元赤坂の赤坂御苑で開く予定だった秋の園遊会を取りやめられました。



三笠宮さまご逝去 死因は高齢に伴う心不全
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20161027-00000022-nnn-soci

 
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三笠宮さまは、27日午前8時34分、聖路加国際病院で亡くなられた。100歳だった。5月から入院を続ける中で、最近は容体を持ち直されたと聞いていたが、27日朝になって容体急変の報が入ってきた。三笠宮さまのご遺体は、午前11時過ぎ、聖路加国際病院から車で運び出され、赤坂御用地に到着した。













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>天皇ご一家は27日から7日間の喪に服されることになり、フィリピンのドゥテルテ大統領との会見も中止になりました。

殺人狂のドゥテルテと天皇は会見せずに済んだか。

安倍晋三の悪質な皇室利用が結果的に阻止されたな。
 
 
 
[ 2016/10/27 17:00 ] [ 編集 ]
南京虐殺の目撃者がまた一人お亡くなりになられた。
[ 2016/10/27 17:39 ] [ 編集 ]
なんとタイミングのいい死去だこと
どうしても陛下とドゥテルテを会わせたくなったのかな?
[ 2016/10/27 18:06 ] [ 編集 ]
>南京虐殺の目撃者がまた一人お亡くなりになられた。

厳密には、直接的な目撃者ではないけどね。
まあ、実際、アジア太平洋戦争中に軍人として南京に派遣されていたのであるから、その「痕跡」的なものを見たり、聞いたり、あるいは、南京大虐殺それ自体ではないが、中国における日本軍の残虐行為などを体感したのかも知れん。
[ 2016/10/27 18:11 ] [ 編集 ]
TBS大喜び、「死人に口なし」でやりたい放題
こいつらまじでつぶれて欲しいわ
[ 2016/10/27 19:55 ] [ 編集 ]
「赤い宮様」は安倍とは相性が悪いだろうな
[ 2016/10/27 19:56 ] [ 編集 ]
偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴と罵られた世の中を、私は経験してきた
「偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴と罵られる世の中を、私は経験してきた」。これは、三笠宮殿下の言葉である。1959年の三笠宮孝崇仁編『日本のあけぼの-建国と紀元をめぐって』という本の「はじめに」に書かれた。彼は戦前、軍人として中国に赴任した。その戦争の罪悪に対する痛切な反省があって、紀元節(今の「建国記念の日」)復活に反対した。『日本のあけぼの-建国と紀元をめぐって』は、それを訴える本であった。紀元節復活には、歴史学者や歴史教育者が反対したが、この本には紀元節復活派からのいやがらせについての記述がある。「紀元節問題に関しては、早くから暴力的な復活運動が、心ある人をひんしゅくさせていたのであるが、三笠宮はじめ私(和歌森太郎)なども何度かそうしたいやがらせにあって来た。それは、この復活運動が、非理性的な一部の右翼的国民感情に押しまくられているものであることを如実に知らせるものである」。なんだか今の日本のことを書いているようではないか。
[ 2016/10/27 20:43 ] [ 編集 ]
ウチのじいさんも戦争で南京に派遣されたと言っていたが、それ以上は何も語らなかった。
しかし南京虐殺の話については、少なくとも否定はしていなかったよ。
[ 2016/10/27 22:59 ] [ 編集 ]
何故、昭和天皇陛下が靖国神社に参拝しなくなったのか、A級戦犯問題があるからと話していましたが、そこには三笠宮さまの現地の体験が物語っているのではないでしょうか。その言葉に真実が語っていたからでしょう
[ 2016/10/28 00:55 ] [ 編集 ]

20年以上前、親類が病院に入院して、頻繁にお見舞いに行っていたのですが…。

その時、病状がかんばしくない相部屋のお爺さんが、段々おかしな状態になって、うなされるように時々独り言を言っていました。

「皆、綺麗事ばかり言っているが…
俺は全部知っている。
あんなもんじゃない。
俺は全部知っているんだ…」
と。

何回も何回も、吐き出すように繰り返していたのを思い出します。
苦しかったんでしょうね。

戦争の時、あの南京で一部始終を体験した人だったと聞きました。
そのあと、程なくして亡くなられたと思います。
死ぬ間際にも苦しめられる程の、壮絶な体験だったんだと思いますね。
今でも時々思い出します。
若くて何も知りませんでしたが、戦争の恐ろしさを、心底肌で感じました。

三笠宮様のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
本当に立派な方が亡くなり、悲しく思います。

戦時下での軍隊の真実の姿を語ってくださり、ありがとうございました。
勇気のいるご発言だったと思います。

そう言えば、三笠宮殿下は、三種の神器の1つ、八咫鏡にヘブライ語が書かれているかも?という件でも話題になられましたね。
[ 2016/10/28 01:25 ] [ 編集 ]
>>中止
なんという神対応
[ 2016/10/28 02:37 ] [ 編集 ]
「正義の戦争」とオリエント史の研究
戦時中、軍務で中国に赴いた三笠宮さまは、そこで「正義の戦争」とかけ離れた醜い現実に衝撃を受けた。
その経験から戦後、「社会正義」の歴史的源流を求め、古代オリエント史を研究し始めたという。

皇族として福祉など社会事業に専念すべきではないか?とも悩んだが、自問の末に、歴史を学び続けることは「未来の義務を考えること」と意を決したそうだ。

激動の時代を歴史の承認として生き、100歳で逝去された。
その一生そのものが、未来への熱い願いが込められた歴史書にも見える。
(10月28日・東京新聞)
[ 2016/10/28 21:12 ] [ 編集 ]
必要最小限の基本的人権としての譲位
1946年11月、政府は皇室典範改正案を衆議院に提出。
三笠宮さまの意見は同12月に新聞に掲載され、「(政府の)説明を聞いて釈然とした点もあるが、それでもなお、腑に落ちない点もある」として、譲位の問題や皇室の婚姻の自由などについて持論を展開した。

三笠宮さまは明治期制定の旧典範と同様、天皇の生前退位を認めない点について「自由意思による譲位を認めていない、つまり天皇は死ななければ、その地位を去ることが出来ないわけだが、たとえ100年に1度ぐらいとしても、真にやむを得ない事情が起きることを予想すれば、必要最小限の基本的人権としての譲位を考えた方が良いと思っている」と異議を唱えた。

2003年には、日本国憲法が公布された46年11月3日付で、三笠宮さまがまとめた私案「新憲法と皇室典範改正案要綱(案)」の存在が明らかになった。
その中で三笠宮さまは「『死』以外に譲位の道を開かないことは新憲法第18条の『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない』といふ精神に反しはしないか?」と疑問を呈した。

しかし、三笠宮さまの意見は反映されず、衆議院と貴族院は46年12月、皇室典範改正案を原案通り可決。

皇室典範は47年1月に公布、5月に施行された。
[ 2016/10/28 21:37 ] [ 編集 ]
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